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芝不器男記念館

 

昭和初期、俳壇で注目を浴びながら26歳の若さでこの世を去った芝不器男。
松野町出身の彼の生家は旧松丸街道沿いに記念館として現在も保存され、彼の生い立ちから直筆の短冊や日記帳など、ゆかりの品々が展示されています。

電話番号 0895-42-1118
FAX番号 0895-42-1119
郵便番号 798-2192
住所 愛媛県北宇和郡松野町大字松丸343番地 町民センター内
営業時間 9:00〜17:00
休業日 水曜日
入館料 大人200円、中学生以下無料

 

芝 不器男について

芝不器男(1903年-1930年)

 芝不器男は明治36年(1903年)4月19日、北宇和郡明治村(現松野町)松丸で、父来三郎・母キチの五男として生まれました。不器男という名は本名で、父親が論語の「君子不器」(君子ハ器ナラズ=人間は一つの器にとどまらないで、全人的完成をめざすべきであるの意)から命名したと言われています。
 

 明治43年4月、松丸尋常小学校に入学。5、6年の頃には、子規をはじめ多くの句集を好んで読んでいたといいます。大正12年、東京帝大農学部に入学しましたが、同年9月、夏休み帰省中に関東大震災が起き、以後郷里にとどまり大学を休学、中退。同14年4月に東北帝大工学部機械工学科に転じました。不器男が作句活動に入ったのは12年のころで、14年秋には吉岡禅寺洞の「天の川」1月で一躍巻頭を飾り、以後同誌に不器男時代が到来します。その後も虚子の名鑑賞を得て一躍注目の的となり、激賞されるようになりました。

 私生活でも太宰文江と結婚し、太宰孫九の婿養子となり順風満帆かと思われましたが病魔に侵され2度の手術ののち昭和5年2月24日、福岡市薬院庄の仮住まいで26歳10ヶ月の短い生涯をとじました。

 

俳句の小径

 器男記念館の周りにある「俳句の小径」は、彼の句碑を巡る散策コース。
3km程のコース上には、17の句碑が古い町並みや田園風景を楽しみながら不器男の句を鑑賞することができます。

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